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授乳婦の薬物治療の考え方

母乳は非常に理想的な乳児の栄養成分と考えられています。母乳は消化・吸収が良好で、胃腸・肝臓・腎臓への負担が少ないため、内臓が発達段階にある乳児には最適とされています。また、母親にとっては分娩後の子宮復古を促し、出血を減らす効果があるほか、乳がん・卵巣がんの発生リスク減少などのメリットがあると報告されています。

 

一方、母乳は乳児の栄養面だけでなく、母子の絆を形成したり、睡眠・覚醒などの生活リズムを共有する上でも重要なものとなります。

 

しかし、母親がてんかんや糖尿病などの持病を抱えている場合は母体への投薬がどうしても避けられないこともあります。このときの授乳の判断として以下の方法がとられます。

 

  • 薬剤投与中は授乳を中止する。(人工母乳を使用する。)
  • 母乳中への移行性が少ないと考えられる薬剤を選択する。
  • 薬剤を内服する直前に授乳をさせる。

 

授乳中の投薬で最も考慮されるべきこととして薬剤の母乳移行性となります。ほとんどの薬剤は、母乳に移行することが知られていて、その量は薬剤によって異なりますが、母親の投与量と比較するとわずかなものが多いとされています。

 

母乳への薬物移行には、細胞間隙を通る直接経路と生体膜と細胞内液を通る経路の2つがあり、母乳移行に影響を与える因子には、薬剤側・母親側・乳児側の3つ因子があります。

 

 

薬剤側の因子

薬物側の因子として以下のものが挙げられます。

 

①薬物のpH
母乳中の薬剤の移行には、生体膜を隔てて存在する血漿と母乳のpHが関係しています。生体膜は非イオン型の薬剤だけを通過させます。酸性薬物であれば、酸性下では非イオン型である割合が高くなり、塩基性下であれば、イオン型の割合が高くなります。一方、塩基性薬物であれば、酸性下でイオン型が、塩基性下で非イオン型の割合がそれぞれ高くなります。

 

血漿中のpHは約7.4で、母乳のpHは6.6~7.0となっています。弱酸性薬剤は血漿中でイオン化されることで、血漿中濃度が母乳中より高く、弱塩基性薬剤は血漿中でイオン化されにくいので母乳中に移行しやすくなります。

 

したがって、弱酸性薬物であるスルホンアミド類、ペニシリン類、サルファ剤、利尿剤などは母乳中へ移行しにくく、一方で弱塩基性薬物である抗ヒスタミン薬、イソニアジド、エリスロマイシン、リンコマイシン、エフェドリンなどは母乳中へ移行しやすくなります。

 

 

②脂溶性
細胞膜は脂質から構成されていて、脂溶性の高い薬物ほど細胞膜を通過しやすくなります。バルビツール酸やサリチル酸などは脂溶性のため、母乳中移行性が大きいとされています。

 

 

③蛋白への結合性
薬物はアルブミンなどの血漿蛋白に結合しやすいものや結合しにくいものがあります。血漿蛋白に結合した薬物は、結合した状態のままでは細胞膜を通過することができないため、母乳中移行性は小さいとされています。

 

血漿蛋白に結合していることが多いジアゼパムやスルホンアミド類は母乳移行性が低く、血漿蛋白に結合していることが少ないアルコールやイソニアジドなどは母乳移行性が高いとされています。

 

 

④分子量
薬物の分子量が小さいほど細胞膜を通過しやすいとされています。分子量が200以下の水溶性アルコールやバルビツール酸類は、細胞間隙の小孔や細胞を通過して母乳中へ移行しやすく、分子量が大きいインスリン(6,000)やヘパリン(10,000~20,000)はほとんど母乳へ移行しないとされています。

 

 

母親側の因子

母体において薬物の血中濃度が高くなればなるほど、母乳移行性が高くなります。薬物の血中濃度を上昇させる因子として、①母体の代謝・排泄・合併症・母乳分泌量②薬剤投与量・投与回数・投与経路・投与期間があります。

 

①母体の代謝・排泄・合併症・母乳分泌量
母体側に腎疾患や肝疾患があると代謝や排泄能力が落ちるために、薬物が体内に蓄積しやすくなり、結果的に母乳に移行しやすくなります。

 

また、母乳分泌量や授乳回数が増えると乳児の母乳摂取量が増えるためにその分、薬物が移行しやすくなります。しかし、薬物は服用後すぐに母乳中へ移行することはほとんどなく、授乳直前の服薬ではその母乳中への移行は少ないとされています。そのため、授乳するタイミングを母親の服薬直前にすることで、薬物の母乳移行性を小さくできると考えられます。

 

 

②薬剤投与量・投与回数・投与経路・投与期間
薬物を大量投与したり、投与回数を増やしたり、投与期間を長くすることで薬物の血中濃度が増加し、結果的に母乳移行性が大きくなります。投与経路については、血中濃度が最も高くなる注射が内服や外用よりも母乳移行性が高くなります。

 

 

乳児側の因子

乳児側の因子として、乳児の代謝能力や薬物感受性が影響を受けます。新生児では成人に比べると薬物の蛋白結合率は低いですが、ジアゼパムサルファ剤は血漿蛋白に結合しやすいため蛋白と結合していたビリルビンに入れかわって血漿蛋白と結合してしまいます。その結果、遊離型ビリルビンの血中濃度が上昇し、核黄疸を起こす危険性があるために注意が必要です。

 

 

授乳婦に投与すべきでない医薬品

前述のとおり、薬物が母乳移行しやすい特徴はありますが、一般的に母乳育児中に禁忌となる薬物はごく一部となっています。安全性が証明されていない薬物が多くありますが、免疫抑制薬、抗がん剤、放射性薬品などが報告されています。

 

放射性医薬品は母乳からも排泄されるため、乳児の被ばくを避けるために授乳を避けなければなりません。授乳中止期間は放射性医薬品の種類や使用量によって異なりますが、一般的には半減期の5~10倍にあたる期間は授乳を中止することとされています。

 

ヨウ化ナトリウム(123I)は13時間ですが、ヨウ化ナトリウム(131I)は8.06日と半減期が非常に長く、甲状腺へ集積しやすいため、授乳は中止する必要があります。

 

 

母乳と人工乳のちがい

授乳がどうしても行えない場合や避けた方が良いと考えられる場合は人工乳を使用するという方法があります。

 

人工乳は、母乳の組成を元に作成された粉末状のもので、牛乳をベースに乳幼児に必要な栄養素が含有されています。栄養素以外に母乳の感染防御機能に近づけるために、ラクトフェリンビフィズス菌増殖因子が配合されたり、免疫効果を増強するためにβ‐カロテンが配合されてあったりします。

 

人工乳のメリットは一定組成と一定量を乳児に与えることができる点です。母乳は出産後の時期や1日のうちの時間帯などで分泌量に違いがあり、十分量を乳児に与えることができない場合もあります。そのため、人工乳であれば与える量を調節することができ、含有される中身についても確認することができます。

 

しかし、人工乳の乳清蛋白の主成分であるβ‐ラクトグロブリンは、牛乳アレルギーの主要なアレルゲンとなるため、アレルギー反応を起こす可能性があります。そのため、抗原性のある物質を除去したり、抗原性を低減してあったりする製品が開発されてあるため、食物アレルギーの可能性がある場合は、人工乳の組成について吟味して購入しなければなりません。

 

一方、母乳は人工乳に比べて、蛋白質・灰分・電解質濃度が低いほか、エネルギーも低いことから内臓に与える負担が少ないとされています。母乳のメリットは感染防御物質が含まれてあり、アレルゲンを含まれていないことです。感染防御物質としてラクトフェリン、リゾチーム、分泌型免疫グロブリンAなどが母乳に含まれています。

 


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