小児急性中耳炎
急性中耳炎(AOM:acute otitis media)は中耳の感染症で、一般的にウイルス感染が先に起こり、二次的に細菌感染することによって起こります。3か月から3歳までに罹患することが多く、3歳までに70%以上が少なくとも1回は罹患するとされています。
AOMは2歳未満の患児が罹患すると重症化しやすく、治りにくいとされています。さらに反復的に何回も罹患することがあるため、小児には成人よりも注意が必要です。
AOMの起炎菌は、肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラクセラ・カタラーリスなどがあります。肺炎球菌とインフルエンザ菌が2大起炎菌とされており、抗生剤で対応することができますが、近年は薬剤耐性化が進んでおり、問題となっています。
薬剤耐性菌については、ペニシリン系薬剤などに薬剤耐性を持つペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)やβ-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)があり、最近はBLNARが増加傾向にあります。薬剤耐性化すると抗生剤の感受性が弱くなったり、全く効かなくなることがあります。そのため、抗生剤が通常よりも高用量で必要となったり、耐性菌にも感受性を示す抗生剤を選択する必要性があります。
AOMの症状は耳痛があり、しばしば難聴を伴うことがあります。小児の場合は発熱、嘔吐、下痢、機嫌が悪いなどの症状も起こります。耳鏡検査では鼓膜の発赤、盛り上がりや膨らみが認められます。
最も罹患することが多い乳幼児は、自ら症状を訴えることが難しく、症状をうまく伝えることができません。そのため、保護者が症状や行動を注意深く観察する必要があります。一定の時間をおいて大泣きしたり泣き止んだりする、機嫌が悪い、耳にしきりに手をやる、首をふるなどの症状が見られるときはAOMが疑われます。
治療
昭和50年代のわが国におけるAOMの治療法は鼓膜切開を行い、ケフレックスなどの抗生剤を処方するやり方が主流でしたが、海外ではAOMの多くの症例では抗生剤は不要で3日間は様子をみてから投与開始するというやり方が行われていました。
中耳炎=抗生剤という認識にとらわれず、適切に抗生剤投与を行うことは中耳炎の治療効率を上げ、耐性菌の発生防止にもつながっていきます。さらには鼓膜切開という小児に負担が大きい処置をせずとも薬物治療だけで治療することが可能となります。
そのため、エビデンスに基づいた適切な治療法の確立が求められるようになり、中耳炎の診療ガイドラインが策定されました。そして、最近では2013年に新しいガイドラインに改定が行われています。
本ガイドラインは、AOMを軽症・中等症・重症の3つに分類され、アルゴリズムが呈示されていています。基本的に抗生剤の投与期間は5日間と設定されています。
AOMの重症度は年齢条件(24ヶ月齢未満)、臨床症状(耳痛、発熱、啼泣・不機嫌)、鼓膜所見(鼓膜の発赤、鼓膜の膨隆、耳漏)の3つの要素からスコアリングした合計点で判定されます。軽症例では抗生剤を使用せず、3日間経過観察することが推奨されています。
抗生剤の投与は3段階で行われます。第1段階(軽症例では経過観察)および第2段階は3日間投与とし、改善が認められれば同じ抗生剤をさらに2日間投与し、合計5日間の投与を行います。改善が認められない場合、別の抗生剤に変更して3日間投与を行います。
第3段階では、第1段階と同様に、改善すれば2日間の追加投与を行い、そうでなければ別の抗生剤に変更し、5日間投与を行います。
AOM治療の抗生剤として、ペニシリン系のアモキシリン(サワシリン)とセフェム系のセフジトレンピボキシル(メイアクト)が中心となります。AOMの原因菌が2大起炎菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌のどちらの菌によるものかが薬剤選択の重要な因子になってきます。
一般的にサワシリン及びメイアクトは、肺炎球菌にもインフルエンザ菌にも感受性があります。しかし、これらが耐性化すると話が変わってきます。
肺炎球菌は耐性化するとペニシリンの感受性は弱くはなりますが、高用量で投与することで治療を行うことは可能です。そのため、通常サワシリンは20~40mg/kg/日ですが、肺炎球菌に使う場合は80~90mg/kg/日の高用量で投与を行います。
一方、BLNARのようにインフルエンザ菌が耐性化するとサワシリンによる治療は困難となります。そのため、インフルエンザ菌の場合はメイアクトが選択されます。
メイアクトの常用量は9mg/kg/日ですが、中等症以上のAOM治療の場合は18mg/kg/日の高用量で投与を行うことがあります。メイアクトは肺炎球菌にも効果があるため、原因菌が同定できない場合は、メイアクトが使用されることが多くあります。
メイアクトはサワシリンに比べると薬価が高いお薬です。高用量で使用すると通常の2倍量が必要となるためさらに割高な印象を受けます。そのため、菌が同定でき、サワシリンが使用できれば、サワシリンで治療を行うのが理想的です。
菌の同定のためには簡易検査キットやベッドサイドでグラム染色を行うという方法がありますが、現実的には外来ではなかなか難しいようです。また、メイアクトがむやみに使用されることがBLNARの増加の原因につながっているとの報告もあります。したがって、メイアクトは経済性の面と安全性の面の両面からみて、適正使用される必要があり、中耳炎=メイアクト投与という認識は避けなければなりません。
サワシリンやメイアクト以外の抗生剤として、βラクターゼ阻害剤配合のクラブラン酸カリウム/アモキシシリン水和物(1:14製剤)(クラバモックス)を使用することがあります。また、中等症以上では経口カルバペネム系のデビペネムピボキシル(オラペネム)やニューキノロン系のトスフロキサシントシル酸塩水和物(オゼックス)が使用されることもあります。
オラペネムやオゼックスは薬剤耐性菌に対しても感受性があります。中等症以上では耳鼻科医による鼓膜切開が行われることがありますが、オラペネムやオゼックスを常用量で使用することで、鼓膜切開をせずとも治療ができるようになっています。
また、オラペネムやオゼックスは抗生剤として効き目が良いとされていますが、全ての中耳炎で使用されることは推奨されていません。中等症以上でセカンドラインに位置づけされており、ファーストラインはやはりサワシリンまたはメイアクトとなっています。
このようにAOMの抗生剤治療は大きく変化しており、今後も改定が加えられていくと考えられます。そのため、今後も常に新しい治療法をアップデートしていく必要があります。
抗生剤以外で使用される薬剤に整腸剤や解熱鎮痛剤などがあります。
抗生剤を投与中においては、下痢が発生することがありますので、その場合は耐性乳酸菌(ビオフェルミンRなど)や酪酸菌製剤(ミヤBMなど)が有効となります。
その他、耳痛や発熱に対してはアセトアミノフェン製剤で対症療法を行います。
抗生剤の組織移行
治療効果を考える上で、抗生剤の組織移行は非常に重要な要素となります。βラクタム系薬の大まかな組織移行は上気道・下気道で80%以上、中耳・副鼻腔で10~30%、髄膜腔で10%未満とされています。したがって、肺は血液とほぼ同等の組織濃度で組織移行が良いですが、中耳腔は10~30%、髄液は10%未満しか移行しません。AOMの治療で高用量を必要となるのは組織移行性が理由の一つともされています。
従来どおりの治療をしても肺炎の治療は特に不便を感じないなのに、AOMや髄膜炎で治療に失敗するケースがしばしば報告されているのは、抗菌薬の組織移行性が大きく関わっているといえます。