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第Ⅰ相試験

第Ⅰ相試験とは新薬の候補物質を初めてヒトに投与する臨床試験をいいます。これまで候補物質は試験管内での試験やサルやラットなどを使った動物実験が実施されていますが、やはりヒトに投与するとなると反応性や毒性がこれまでの試験で得られたデータとは全く異なることがあったり、予期せぬ毒性を示すこともあります。

 

そのため、新薬が実際にヒトの体にどのように影響し、どのくらい毒性があるのかを確認する必要があります。第Ⅰ相試験の目的は、薬物がどのくらい安全で、人体がどのくらいの量に耐えうるのか確認し、最終的には最高用量を決定することにあります。

 

第Ⅰ相試験では単回投与に引き続き反復投与が行われるのが一般的な流れになります。試験のデザインとして、薬物の量を徐々に増やしていく斬増法が使用されたり、用量を固定して一定期間投与を行う反復投与法が使用されたりします。

 

そのほかにもヒトの体内での薬物の動きについて検討、評価することもあります。薬物が肝臓でどのくらい代謝されるか?とか腎臓でどのくらい排泄されるのか?または他の臓器内でどのような動きを見せるのか?などは重要なデータですので、これらを薬物動態データとして測定を行います。

 

このように第Ⅰ相試験は候補物質を初めてヒトに投与する試験になりますが、この段階に辿りつく物質もごく一握りのものといえます。日本製薬工業協会の報告によると、1992年~1996年の5年間に新薬の候補物質とされた合成化合物は総計で32万832件あり、そのうち製造承認を得たのはわずか53件で、成功率は約6,000分の1でした。

 

したがって、1つの物質が第Ⅰ相試験に辿りつくまで何千分もの候補物質が挙げられ、消えていったことになり、それだけ貴重な物質を取り扱う試験になります。また、臨床試験を行う1つの物質を見出すために、多くの動物たちの生命と研究者の努力の結果に成り立っていることを忘れてはなりません。

 

 

第Ⅰ相試験の対象

第Ⅰ相試験において、原則的に被験者は健常な成人男性で実施されます。大学生がよく治験へ参加するアルバイトを行うことがありますが、そのアルバイトも数日間拘束される代わりに結構割のいいアルバイトだったりします。そのときに実施される試験がこの第Ⅰ相試験であることが多く、時間があり健常な成人男性である大学生には、うってつけのアルバイトとも言えます。

 

特別な試験でない限りは女性で行われることはほとんどありません。成人女性は妊娠の可能性があったり、母体に対していかなる影響を与えるのか明らかになっていない物質を投与するのはリスクが高いためです。女性特有の疾患などを対象とする場合はこの限りではありません。

 

一方、第Ⅰ相試験で患者を対象とする治験があります。抗がん剤免疫抑制剤は毒性が強く健常人に対してリスクが高い薬物ですので、これらを治験する場合は第Ⅰ相試験から患者を対象にして実施されます。通常患者を対象とするのは、第Ⅱ相試験以降となります。

 

 

TGN1412事件

2006年に英国で健常人を対象としたある臨床試験が実施されました。この治験で使用されたのは、TGN1412というヒト型モノクローナル抗体で、関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患の治療薬として開発されました。

 

この薬物を使用した試験では8名の被験者が選ばれ、うち6名の被験者にTGN1412が投与され、残りの2名の被験者には偽薬が投与されました。

 

結果、TGN1412が投与された6名は投与直後から全身の痛みや嘔吐、呼吸困難、浮腫などの異常を訴え、多臓器不全となり6名全員がICU管理される事態となりました。このとき偽薬が投与された2名には何も起こりませんでした。

 

その後6人は全員退院しましたが、そのうち1名は壊死によって手指を切断される結果となってしまいました。

 

この試験では、動物で安全性が確認された量の500分の1の量でヒトへの投与が行われましたが、投与直後から副作用を発現しました。たとえ動物で安全性が確認されても実際にヒトに投与されると予期せぬ事態を引き起こすことがあります。

 

ヒトに初めて投与される第Ⅰ相試験では、このようなリスクを生じる可能性があることを常に念頭においておく必要があります。予期しない重篤な副作用に対する処置をしっかり行える環境下で実施されることや被験者を守るための法整備は必須になってきます。

 


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